オーダーメイドを受注する際の体型補正用語を説明します。
採寸者側だけではなく、製作者や着用者からの視点でも説明しています。
体型補正 とは?
体型補正とは、服の形を体のクセに合わせて補正することです。
日本人には【やや猫背でやや撫肩】の骨格の人が多いですが、スマートフォンの多用により【前首・落ち首】【前肩・巻き肩】の人も増えています。
既製品ではこれらのニーズには合わせきれないため、オーダーメイド服では体型補正を行います。
体型補正をすることで服が身体に沿い、着心地が良くなり服が軽く感じます。
良いテーラーは、常にすべての体型補正をすると思っていませんか?
それは間違いです。
体型補正をすればするほど着心地が良くなる反面、服がダサくなっていきます。
そのため、必要最小限の補正を見極められるのが本当に良いテーラーです。
服の胸幅が狭いと、胸を張る時に窮屈になります。
結果として姿勢を正すことが普段以上に辛くなり、いつものように【猫背】【前肩】の姿勢をとってしまいます。
良いテーラーでは、お客様のライフスタイルに合わせて補正の説明をします。
若く壮健な人には、現在の体型を伝えて直すように促します。
直す意思のある人には体型補正はせずに、姿勢の指導を行います。
お年を召したお客様には、現在の体型を伝えたうえで補正します。
第一線で働いている人には弱めの体型補正を、仕方なくスーツを着ている人にはガッツリめの体型補正を行います。
お客様が望む姿に近づけることが、正しい体型補正です。
片っ端から補正する人は、単に知識を披露したいだけのパフォーマーです。
結構いるので注意してください。
猫背・亀背・屈伸体 とは?
【猫背】【亀背】【屈伸体】とは、通常は腰の真上にある首の付け根が背骨の湾曲により前側に倒れている状態を指します。
腰から上が前側に屈んだような状態を指します。
姿勢が悪いというよりは、仕事のクセなどでなってしまう人が多いです。
背骨がS型を保てずにC型に湾曲してしまった状態を指します。
普段からの姿勢が悪く、広背筋を中心とする背面の筋力の衰えが原因です。
猫背よりもさらに前傾になってしまった状態を指します。
また、【円背・えんぱい】などとも呼びます。
行商で大荷物を背負っていた方や 杖をつくようになった方に多く、心肺機能に影響を及ぼすことも少なくないです。
細かな話をすれば【猫背】と【屈伸体】の補正内容は違います。
ただしそれは、正しく判断できる受注者がいる前提の話です。
オーダーメイドの受注表では猫背と屈伸体の欄を分けていることが多いですが、補正内容自体は分かれていないことも多いです。
それは、ちゃんと判別したり使い分けたりできる人が少ないため、誤った使い方で事故を起こさないための防護策としてまとめてしまっているようです。
前傾がひどいが猫背とも屈伸体ともとれる特徴の人がいます。
受注者によって判断は変わりますが、基本的に【猫背・強】または【屈伸体・強】のどちらかをつけます。
ですがまれに、【猫背・強】【屈伸体・強】の両方を指示してくる人がいます。
これを両方適応してしまうと、かなり前傾姿勢の服ができあがります。
大半の場合はやりすぎと判断されて、作り直しになります。
このように各社各員の独自判断で問題が起きないように、【猫背】【屈伸体】などの同系統の体型補正はひとつにまとめることが多いです。
反り腰・反身体 とは?
【反り腰】【反身体】とは、通常は腰の真上にある首の付け根が後側に倒れているように見える状態を指します。
腰が前に出ていることが原因なのですが、猫背の逆として “背骨が反っているため後側に倒れている” という認識でも大きな問題はないです。
胸を張っているため良い姿勢に間違われることもありますが、横から見ると弓なりに反っていることが分かります。
【猫背】は心肺機能に悪影響を及ぼすことがありますが、
【反り腰】は直接腰に悪影響を及ぼします。
【反身体】の補正内容は【屈伸体】の逆です。
【屈伸体】は腰より肩が前にあることで、上体の前面が短くなり背面が長くなります。
【反身体】は腰より肩が後にあることで、上体の前面が長くなり背面が短くなります。
骨の形状に細かな違いはありますが、基本的な服の補正方法は逆の関係と考えてください。
ただし、腰の反りが強い場合は背中の布が余る場合があります。
その場合は、【背ダーツを加える・ 背ダーツ分量を増やす】などの補正を併せて指示してください。
文面上では相反する体型補正ですが、【猫背+反り腰】の人は案外多くいます。
【猫背】【反身体】の両方が指定されている場合は、相殺されるため補正されません。
ただし、上体だけに限れば【猫背】補正のみを適用した方が良いことがあります。
これは縫製工場などでは分からない事なので、お客様と対面している受注者が適切に指示をだす必要があります。
前首・落ち首・スマホ首 とは?
【前首】【落ち首】【スマホ首】とは、頭の位置が正常な位置よりも前側に倒れている状態です。
どちらかというと前に落ちてきているのは頭ですが、補正に関係するのは首なので用語としては問題ないです。
通常であれば頸椎の上に頭蓋骨が乗っているものですが、前傾にバランスが崩れているため首の筋肉が常に緊張状態が続きます。
この状態が続くとストレートネックになり、肩こりの原因になります。
【前首】【落ち首】【スマホ首】の補正内容は、服の首が出る位置を前に傾けます。
スーツでは “抜き衣紋・ぬきえもん” にならないように、首の位置を前傾に倒すとともに衿を追従させます。
見た目には関係しますが、補正しなくても着ることはできます。
シャツでは苦しくならないように、台衿を前にかたむけます。
デザイン的なフロントダウンとは違い、台衿の形はそのままで傾きだけが変わるイメージです。
補正をしないと喉元が窮屈に感じるため、第一ボタンを留めたまま着ることができません。
「寸法はあっているんですが、お客様が苦しいといっている」というような場合は【前首の補正抜け】を疑ってください。
ぴったり目の寸法で作るビジネスシャツやドレスシャツは、カジュアルシャツに比べて喉元が詰まっています。
そのため前首補正をしないと、適切なゆとり分量を加えていたとしても、喉仏を台衿に押し付けてしまうため苦しいです。
すべてが合っていれば着心地は良いはずなのであれば、寸法が適切なのに服が合っていないときは【体型に合わせた補正が抜けている】と考えるのが当然の流れです。
前肩・巻き肩 とは?
【前肩】【巻き肩】とは、肩が前中心に向かって内側に巻いている状態です。
PCやモノづくりなどの、腕を固定して手元で作業をする仕事をする人に多い体型です。
また、スマホや携帯ゲーム機なども原因になりやすいため、若いころから気を付ける必要があります。
胸筋が縮み、僧帽筋などが伸びた状態で固定されるため、腕の可動域が狭まることがあります。
この状態が続くと、前首などと同様に肩こりの原因になります。
【前肩】【巻き肩】の補正内容は、胸幅を狭めて背幅を広げます。
また胸襟辺りが抜けやすくなるため、胸癖の処理を強くすることもあります。
スーツは、見た目の都合上補正した方が良いです。
ただし、シャツであれば補正無しでもほぼ問題がないです。
元々、胸が狭く背中の運動量を多くとっているので、ゆがみが大き過ぎなければ動きには支障ないです。
動きの上ではあまり重要ではないように思える【前肩】補正ですが、見た目にはしっかりと関係しています。
なかでも一番重要なのは、Vゾーンが緩んでしまうことです。
胸の上部の筋肉が萎縮しているため、シャツとスーツの間に大きな隙間ができてしまい不格好です。
オーダーメイドであればある程度の補正は可能ですが、【前肩】【前首】【猫背】などのすべてのゆがみが大きい人は対処しきれないことがあります。
そのため【前肩】補正に頼らずに、肩回りのコリをほぐした方が効果的です。
なで肩 とは?
【なで肩】とは、首から肩先へと向かう傾斜が基準よりも下がっている状態です。
日本人の骨格に多い体型補正といわれています。
この基準は企業ごとに少しずつ違うため、普段は なで肩 と言われない人でも なで肩 と判断されることがあります。
そのため一般的な体型を基準にしているというよりは、オーダーに使用するマスターパターン(サイズ展開の元になる型紙)の設定値を基準に使っていると思ってください。
目視や触診で測ることもありますが、肩下がりの測定には傾斜計を使用します。
測り方は、僧帽筋の盛り上がりが落ち着いた部分から肩先にかけて傾斜計を載せます。
パターンオーダーなどの大まかな補正値の確認は利き手の肩のみを計測し、
セミオーダーやフルオーダーなどの細かな補正値の確認は両肩とも計測をします。
体軸のゆがみにより肩傾斜が左右で違うことも多いですが、ゆがみが少なければ左右対称に補正します。
※ iPhoneなどのスマホには傾斜計の機能が備わっているため、左右の肩傾斜を計測して自分でゆがみを確認してみてください。
健康維持程度の筋トレでは問題ないですが、ボディビルコンテストで上位に入賞するような人や、元DonDokoDonの山口智充さんのように元から僧帽筋が発達しやすい骨格の人は体型補正が必要になります。
肩傾斜の計測ポイントがやや変わりますが、肩下がりへの体型補正はなで肩と大差ないです。
ただし僧帽筋の発達により広がった首回りの補正も行うため、僧帽筋専用の補正ともいえます。
一般的なフルオーダーでは、過度ななで肩を完璧に補正することができないことが多いです。
名前は フル なのにすべてに対処できないことがあるのです。
一般的なフルオーダーの仕組みは状況を細分化したセミオーダーのシステムをCADに適用して使用しています。
ただしシステム構成自体が古いことが多いため、残念ながら過度ななで肩を想定していないことが多いです。
そのため店舗からの伝達や補正ルールに不備があるため、CADで補正をすることができません。
オートメーションの運営を行う想定で社員を配置しているため、この様なスポットで発生する問題に対処できる人間は育ちにくいです。
これらの結果から、フルオーダーと言いつつもまともな補正ができないことがよくあります。
怒り肩 とは?
【怒り肩】とは、首から肩先へと向かう傾斜が基準よりも上がっている状態です。
日本人は元々【なで肩】が多いのですが、スマホなどの普及により肩が緊張状態を保ってしまうため、怒り肩になったり左右非対称の肩傾斜になったりするケースが増えています。
なで肩と同様に、肩傾斜基準は企業ごとに少しずつ違います。
そのため一般的な体型を基準にしているというよりは、オーダーに使用するマスターパターン(サイズ展開の元になる型紙)の設定値を基準に使っていると思ってください。
※ なで肩で説明した内容とは別の方法を記します。
どちらか好きな方法を使用してください。
目視や触診で測ることもありますが、写真を使用して肩傾斜を測ることもあります。
測り方は、写真に補助線を書き込んでから計測します。
- 僧帽筋の盛り上がりが落ち着いた部分から肩先の落ちる手前までをつなぐ線を書きます
- 首から腰にかけての中心線を書きます
- 中心線に対する直角線を、中心線と肩線の交点位置に書きます
この補助線の1と3の傾斜角度を測ります。
直接計測しなくても良いため、オンラインオーダーなどに利用できます。
ただし、肩線同士を結んだ線の高さで真正面から写真を水平に撮らないといけないため、やや注意は必要です。
写真を撮る際の姿勢はお客様任せのため、左右の肩傾斜の補正内容に違いをつけないことが多いです。
日本人には【なで肩】が多いのですが、既製品は【やや怒り肩】で作っていることが多いです。
何故でしょうか?
既製品は、どのようなお客様が買っていくかが分かりません。
なで肩用の商品を作った場合、怒り肩の人には運動量が少なくてとても着辛いです。
それに対して怒り肩用の商品を作った場合、撫で肩の人にとっては運動量が多すぎますが 見栄えを気にしなければ着辛さは気になりません。
要は、売るためです。
小さければ着ることができませんが、大きい分には着ることができるため売れる可能性が残るからです。
とはいえ、ブカブカで身が余った服は見栄えが悪いです。
自分の体型にしっかりと合った服の方が見た目も着心地も良いです。
腕の寸法指定 とは?
【上腕囲】【肘囲】【前腕囲】の寸法指定とは、名称に該当する部位の周径を指定することです。
オーダーメイド服の元型が古いことにより、ゆとりが多く余りがちです。
そのため見栄えを重視する人は、寸法指定をしてぴったり目にフィットさせます。
多少の補正であれば問題ないですが、ガッツリと補足するとバランスが崩れて着心地が悪くなります。
そのためとても細い袖にしたい場合は、細腕専用の型紙から補正した方が良いです。
(ただし古いオーダーメイド企業では、細腕専用の型紙を作っていないことがほとんどです)
古いオーダーメイド企業では、上腕・中腕・下腕と呼びます。
上腕は有名なため誰もが知っていますが、その他の言葉には馴染みがなかったことから「上にあるのが上腕なら上中下だろう。そうすれば分かりやすい。」という考えから作られた言葉と推測されます。
ただしこれは オーダーメイド業界専用の言葉で、一般にもアパレルにもどちらにも通用しない言葉です。
特に下腕という言葉を使うと、無知をさらしていることにもなりかねません。
そのため【上腕】【肘】【前腕】と正しく呼び、造語は使用しない方が良いです。
英語では made to order と言います。
部位を特定して寸法指定をすると、バランスが崩れやすく不格好な商品ができあがることがあります。
そのため、この指定方法は多用しない方が良いです。
自然なバランスで腕を細くするには、袖パーツの上下の端で補正します。
上端で補正するのは、袖山の高さです。
腕の動かしやすさに関係する部位です。
袖山が高くなると腕が細くなりますが、腕が上に上がりにくくなります。
下端で調整するのは、カフス丈とタック分量です。
カフスとの付け寸法を縮めることで手首回りが細くなります。
また、タック本数を減らすことで運動量が抑えられてしまう代わりに前腕付近も細くなります。
この上下の補正をしたうえで更に補正をしたい場合に限り、【上腕囲】【肘囲】【前腕囲】の寸法指定をします。
袖山の高さ とは?
【袖山の高さ】の寸法指定とは、袖の釡底から肩先までの高さを指定するものです。
袖の釡底にあたる部分に水平線を引き、その線に対して肩先から垂直に線をおろした距離が袖山の高さです。
【袖山の高さが高い】と、袖をおろした立ち姿勢が綺麗に見せるための袖になります。
また袖が細くなるため、上腕や前腕を指定しないで腕を細くすることができます。
ただし高すぎると腕が上がりにくくなるので注意が必要です。
若者向けのブランドは、袖山を高めにすることがやや多いです。
【袖山の高さが低い】と、袖の運動量が増えて腕を上げやすくなります。
袖幅が広がり運動量が増える反面、袖を下した際に “だき” と呼ばれる余分な運動量のたまりが目立ちます。
古いオーダーメイドやブランドには袖山を低めの型紙が多いため、年長者向けのブランドは袖山を低めが多いです。
シャツでもスーツでも、首・肩の補正で着心地の良し悪しが決まるため細心の注意が必要です。
袖山の高さを寸法指定すれば、スッキリとした見た目にしたり、腕を細くしたりすることができます。
ただし、寸法指定を失敗すると大問題になります。
もし袖山の高さを指定したいのであれば、以下の点を確認してください。
- そもそも工場では袖山の指定を受けている?
- 現在の袖山の高さは、袖ぐり寸法の何%?
- 袖山を高く・低くとだけ指示した場合は、何%分変化する?
- 指定可能は袖山の高さは、袖ぐり寸法の何%?
ここでは%で書きましたが、実数での指定の工場もあります。
今使っている型紙の状況と補正方法を確認することで、どのように補正すれば良いかが見えてきます。
袖山の指定範囲は、袖山形状を大きく変形させないために規定を設けています。
体型補正では多くの数値を同時に変更するため、バランスが崩れやすいです。
そのため、重量バランスの要である衿ぐりと、挙動の良し悪しが出やすい袖ぐりへの過度の変更は控えさせています。
それでもガッツリ指定したい人はいます。
対策としては、あらかじめ多段階の袖や衿を用意しておくことが無難です。
出腹 とは?
【出腹】補正とは、出っ張った腹の分だけ前側に分量移動する補正です。
寸法を大きくするのではなく、背中の分量をおなかに移動します。
ただしこの補正は、よっぽど突出していない限りは適用しません。
複合した体型補正指示を出した場合、バランスが崩れて不格好になりやすいからです。
太っていたら出腹補正をするのか?と聞かれますが違います。
文字通り腹が出ていたら補正をします。
そのため、細い人でも腹筋が極端に弱くて腹が出ていたら補正をする可能性があります。
全体的に大柄の方や、腰回りにのみ浮き輪上に付いている人たちは この補正対象には該当しません。
腹回りの寸法による判断ではなく、あくまでも腹が出ているかどうかの形状で判断してください。
正確には一緒ではないですが、ほぼ同じ補正を適用させることがあります。
元々痩せていた人でも懐妊中はおなかが前に出ます。
そのため、出腹補正に似た補正を行います。
似た?と思う方も多いと思いますが、若干違うため “似た” という表現をとっています。
妊婦の場合は、出産しても背中の肉付きはあまり変わりません。
そのためシャツワンピースのオーダーなどの場合は、出産後にリメイクができるように通常の体型を想定して型紙を作り、前側に現在の突出分を出すという形をとります。
リメイクを前提としたオーダーの前に、女性用のオーダーメイドを取り扱うこと自体が少ないですが、その分細やかな心配りが必要なのだとも感じます。
鎖骨補正 とは?
鎖骨補正とは、シャツの羽衿の縁などが鎖骨に当たることを防ぐためにパターンをくる作業です。
男性用のオーダーメイドシャツの衿パターンは、鎖骨周辺をあまりくらずに肉厚なデザインにしていることが多いです。
これは “直線的な方が綺麗に縫いやすい” という都合もありますが、くってしまうと剣先が細くなり頼りなく見えるという理由から、男性用のオーダーメイドシャツではしっかりと面積を残したパターンが好まれるようです。
このパターンを作成する際の体型は鎖骨があまり目立たない人を前提として作っているため、鎖骨が突出している人には羽衿の当たりが強くて痛くなるということで、鎖骨周辺を少しだけくります。
この突出度合いに関してですが、やや肉に埋もれている人を標準としていることが多いため、鎖骨がしっかりと出た健康的な標準体の人も、鎖骨突出と言われてしまうことがあります。
型紙に対しての事なので、「鎖骨出過ぎなのか?」などとあまり気にしないでください。
なお、女性用のオーダーメイドシャツの衿パターンは、剣先をくった曲線的な出材や、羽衿が寝ているようなフラット目なデザインが多いため、鎖骨の突出具合の基準が違います。
鎖骨が突出している人の場合、剣先が浮いてしまいがちです。
これは、本来想定していなかった場所に骨があるため、自然に下りていかないことが問題です。
鎖骨補正を行うと、邪魔をしている部分を迂回するような形になるため、自然に下りて剣先が落ち着きます。
鎖骨補正を行わないと、見た目が悪く、身体にも優しくないシャツができあがる可能性があります。
そのため、クレーム対象になることも少なくないです。
鎖骨補正の必要がない人に補正を行ってしまうと、鎖骨周辺の身と衿の間に妙な隙間ができてしまいます。
これは過度に補正されたことで接点間が浮いている状態で、体型に合っていないことが分かってしまいます。
そのため、迷ったらなんでもかんでも補正を適用するよりも 標準状態 を一度試しましょう。
大寸とは?
大寸とは、身体の大きな人のオーダーである事を示す言葉です。
企業の定める基準を超えるオーダーの場合、この注意表記を行います。
略称のため、読み方が明確に定められているわけではないですが「だいすん」と読むのが正しいとされています。
オーダーメイドの現場では「おおすん」と読む人も一定数います。
「だいすん」以外の読み方があると思ってもみなかったため、初めて聞いた時には一瞬理解が遅れました。
大寸は「だいすん」と読むのが正しいとされています。
「特大寸法のお客様用の服」→「だいすんのお客様用の服」
上記のように生まれたと推測されます。
【特大寸法】から発生した言葉だった場合は、すべてが音読みで一般的な音のつながりといえます。
逆に「おおすん」に至る例を考えてみると、
「大きな寸法のお客様用の服」→「おおすんのお客様用の服」
上記のような流れが浮かびます。
【大きな寸法】から「おおすん」という言葉を作ると、訓読み+音読みで湯桶読み(ゆとうよみ)という組み合わせになってしまいます。
間違っているわけではないのですが、音訓を混ぜない方が適切と言えます。
またこの場合、「大きな寸法のお客様用の服」というよりは「寸法の大きなお客様用の服」と言った方が言葉のつながりが適切なため、順序が逆転してしまいます。
これらのことからも【大寸・だいすん】の読み方が適切と言えます。
百貨店と工場直営店のお店では、基準が違うことが多々あります。
今回の【大寸】についても同様です。
百貨店では、不快感を与えずに一律に良いサービスを提供する体制で営業しています。
「あなたの寸法は一般より大きいですよ」という意味の大寸で追加料金を取ってしまうと、お客様によっては気分を害されてしまいます。
そのため、言われていないだけで大寸の基準に入っている可能性はあります。
また、サービス料の中に【もし大寸だった場合の追加料金】も含めて値段設定をしています。
一方の工場直営店では、適宜必要な費用を頂く体制で営業しています。
すべての人に対して一律で料金を上げるのではなく、【大寸】のお客様にだけ費用を負担してもらうようにしています。
そのため、【大寸だった場合の追加料金】をその都度もらわなくてはならないため、百貨店や銀座のテーラーなどでは大寸と言われたことがなくても、安価を売りにしているお店では大寸と言われることがあります。
どちらが正しいというものではなく、サービスの在り方の違いだと思ってください。
大寸の場合、使う生地の量が増えるため資材代が上がるのは理解していただけると思います。
ただし、場合によっては工賃が上がることもあります。
寸法が大きな場合、通常よりも生地が大きいためミシン台を大きくはみ出します。
また、蹴回しなどの裾部分が広いばあいは大きく回転させながら縫わなくてはいけません。
そのため、手間がかかります。
また、汚れ等のリスクも増大するため、工場によっては工賃が上がることがあります。
資材代・工賃が上がるため、企業ごとに値上がりの幅が変わっているのです。
前後同寸 とは?
前後同寸とは、服の前パーツと後パーツの仕上がり寸法を一緒にするという指示です。
一般的な布帛で作られた服は、前が狭く後が広いことが多いです。
鳩胸や反身体などにより前面の幅が広い人は、前側の幅を広くすることがあります。
この際に、【前幅広く】【前後同寸】などの指示を出します。
ちなみにTシャツなどのカットソーで作られた服は、元から前後同寸であることがほとんどです。
これは、体型にぴったりフィットさせずに着ることと、伸びにより動きを妨げないことから、体型に完全に沿わせずに縫いやすさを重視することからこの形状に落ち着くことが多いです。
前後同寸にも、企業ごとに様々な指示があります。
代表的なものは以下の3つです。
- 【胸回り前後同寸】胸回りを前後同寸にして、あとはそのバランスに合わせる
- 【腹回り前後同寸】腹回りを前後同寸にして、あとはそのバランスに合わせる
- 【身頃前後同寸】胸・腹・裾のすべてが前後同寸
一番多い指示で、意味合いとしても適切なものは【胸回り前後同寸】です。
着心地に関わるのが首・肩であることと、服の幅の基本が胸で設定されていることから、胸回りを重視することが多いです。
残る2つの指示は、問題がおきやすいので使用を控えた方が良いと思います。
まず腹回り前後同寸ですが、ダーツの有無によって前面の幅が変わります。
背面デザインがボックスタックのものと背ダーツのものでは、寸法に大きな差が出ます。
もしこの2点を同時に受注した場合、着心地が大きく違う2点に仕上がる可能性があります。
事前告知をしなければクレーム対象になるため、クレームに繋がる指示は避けた方が良いでしょう。
次に身頃のすべてを前後同寸にするものですが、胸・腹・裾のすべての前後バランスが違うため修正箇所が多いためバランスが崩れます。
元々平べったいパターンにするのであれば問題はないのですが、立体的なパターンを平べったくするメリットが見当たらないため、数値上分かりやすいというだけの実用的でない指示です。
タック とは?
【タック】とは、ひだを寄せて片側を固定することで部分的に絞ったり、縫いつぶさないことでゆるみを与えたりすることのできる技法です。
メンズシャツでは【袖口のタック】【肩甲骨のタック(アクションプリーツ)】【背中心のタック(ボックスタック)】などが良く使われます。
レディースではこれに加えて、【前肩のタック】などもよく使います。
タックのメリットはゆるみを加減できることにあります。
ただし、オーダーメイドに限った場合でいうと あまり必要ない場合もあります。
オーダーメイドは体に合わせてゆとり分量を合わせます。
身体の動きを妨げにくく、過度なゆとりは必要ない場合が多いです。
そのため、肩甲骨付近の背タックやボックスタックはデザイン上の意味しか持たず、「動きやすくなるんです!」というワードは嘘になってしまうこともあります。
注意してください。
タックが必要な時はゆるみ分量を増やしたいときというよりも、【立体的にしたいときに使う】イメージです。
背中の凹凸はタックを使うまでもないため重要ではないです。
肘は、普段はそこまで太くないですが、曲がる時には丸みをおびて太くなります。
そのため、必要な時にだけ開くタックが求められます。
バストに向かう前肩のタックは、ダーツやギャザーなどでも問題はないです。
ダーツの場合は、お客様の体型に完全に合わせる必要があります。
ギャザーの場合は、分量を等分散させなくてはいけません。
タックの場合は、簡単にお客様の体型に合わせやすいです。
これらのことから、タックやギャザーが多く使われています。
縫い目を増やさずに、バイアス方向を使わずに、簡単に体の曲線に沿わせたいときにタックが有用です。
ボタン位置の調整 とは?
【ボタン位置の調整】とは、第2ボタンの位置を調整することで、第1ボタンをはずしたときの空き具合やラストボタンの位置を調整することです。
何か問題がない限りは提案をしない調整内容のため、オーダーメイドシャツを作り慣れている人以外はあまり調整しないことが多いです。
ビジネスマンに多いのが、「第1ボタンをはずしたときに胸元がはだけすぎるのを解消したい」という注文です。
第2ボタンの位置を台衿下の縫い目から4cmのところに設定すると、胸元まで開くことがなくなります。
ネクタイを外し、第1ボタンのみをはずしてオフのモードに切り替わっても、だらしなく着崩れているという印象にならないため、需要が多いです。
ただしオーダーメイドシャツは首元の形やサイズに沿わせることができるため、苦しいから第1ボタンを開ける前提で第2ボタン位置を上げるというのはオススメしません。
あくまでも、通常の着心地が苦しくないうえで、更に緩めたい時様の仕様として扱ってください。
逆に、胸元をはだけたいという人もいます。
この場合は、台衿下の縫い目から8cmまで下げるか、4cmのところまで上げてください。
第2ボタンの位置を下げ過ぎると衿元がゆるみ、通常の着用に問題が出ます。
そのため逆に上にあげることで、第2ボタンまで開けてもはだけすぎない様に加減ができます。
言われたとおりに考えるだけではなく、逆側からも考えてください。
女性用のオーダーの場合、「ボタンとボタンの隙間から胸が見えてしまうのが嫌だ」「ダイヤに開くのが嫌なので、バストトップラインにボタンを配置して欲しい」などの要望があります。
そもそもこの問題がおきているシャツは体型に合っていないため、既製品の話を持ってきていることが多いです。
ただし何が原因であれ、対処して安心して着てもらうに越したことはないため、ボタン位置でも調整してください。
隠しボタンが効果的ですが、今回はボタン位置で対処します。
- バストトップの位置を確認します。
- 喉元からバストトップラインまでの距離を測ります。
- 第2~3のボタンがバストラインの前後1cm以内に入るように調整します。
これだけで、胸元が開く不安を緩和できます。
ただしブラジャーのタイプによっても変わるため、そのシャツに合わせるタイプのブラジャーは固定することをオススメしてください。
これだけでは不十分な場合は、隠しボタンや釦間隔の調整などを併用してください。
カフスの仕様 とは?
選択できるカフスデザインといえば、小丸や角落としなどのカットデザインが浮かぶかもしれませんが、仕様も変更可能です。
大きく分けると2種類ですが、ここではシングル幅のカフスから代表的な3種類紹介します。
- シングルカフス(シングル幅・下ボロ折らない)
- リンクカフス(シングル幅・下ボロ折る)
- コンバーティブルカフス(シングル幅・下ボロ折る)
後にかっこ書きしているのが仕様の詳細なのですが、下の2つが同じ仕様に見えると思います。
その通り、一緒です。
シングルカフスとは、シングル幅のカフスの代表的な仕様のボタン留めを指します。
単純に、シングル幅のカフスの総称としても使います。
昔のシングルカフスと言えば、カフスボタン(正しくは カフリンクス)を使うリンクタイプのカフスが主流でした。
ただし現在ではボタン留めが主流のため、端にシングルカフスと言った場合はシングル幅のボタン留めタイプのカフスととられます。
リンクカフスとは、シングル幅のカフスのカフスボタン留めを指します。
ダブルカフスの仕様も同じくリンクカフスタイプですが、リンクカフスと表すことは少ないです。
カフリンクスで留める際に下ボロが見えないように折り返すことが特徴です。
コンバーティブルカフスとは、シングル幅のカフスのカフスボタン留めの形をボタン留めに作り換えたどっち着かずの仕様です。
仕様として大別すると、リンクカフスに属します。
ボタン留めとしても カフス留めとしても着ることができますが、どちらにも難があります。
オーダーの事故をカバーしやすい様にコンバーティブルカフスを基本仕様にしているお店も多いですが、着心地や使い勝手に影響があるためオススメはしません。
上記の仕様の他に、角のカッティング・ボタン・カフス幅などを合わせたものを総じてカフスデザインと言います。
他のデザインポイントに比べると仕様はぞんざいに扱われがちですが、着こなしにはとても重要なポイントであることを知っておいていただきたいです。
ダーツ とは?
【ダーツ】とは布を部分的に縫いつぶすことにより、寸法を詰めたり曲線を表現したりできる技法です。
男女問わず多くの人に必要なのが背ダーツです。
女性のみに必要な事が多いのが胸ダーツです。
腹ダーツに関しては、男女問わずBに対してWが大きくくびれている人には必要になります。
「ダーツの役割は寸法を細く詰める事だから太っていたら関係ない」と言う人がいますが、正しくはないです。
この考え方は、後天的なダーツにしか当はまりません。
既製品ができ上がり後から背ダーツを作成すると、ウエスト寸法が縮まります。
お直しや、今までのパターンにダーツを追加するだけの場合は、寸法を縮める目的のダーツ作成です。
では、寸法を縮める目的ではないダーツとは、どのような考え方でしょうか?
身体の凹凸を再現するためには、特徴にあったダーツが必要になります。
このダーツは、先方を決める前段階の原型の時点で作成します。
そこから「ウエストを70cmで仕上げたい」などと設定するため、ダーツありの70cmも、ダーツ無しの70cmも、どちらも同じ70cmに仕上がるため細くはなりません。
このダーツはあくまでも、身体のラインに合わせるためのダーツであって、寸法を変化させるためのダーツではないのです。
体型ごとに必要なダーツは変化します。
背ダーツは、猫背の人は腰肉の豊満な人には必要ないです。
肩甲骨からこしにかけてのくびれを再現するために必要なデザインで、細身に限らず一般的な体型の人であれば必要なダーツです。
また寸法調整の考え方が楽なダイヤ型ダーツが多いですが、お尻の小さな男性的な体型の人にはロケット型、お尻が後に突き出した女性的な体型の人にはダイヤ型が合います。
腰のラインに合わせて使い分けてください。
胸ダーツは、首から胸にかけての傾斜を調整するためのダーツのため、平面的な人には必要がないです。
バストをしっかりと型取り、袖ぐりをフィットさせるために必要なダーツです。
逆に言えば、フィットしていないルーズなラインには胸ダーツは必要ないです。
また、鳩胸や胸筋上部の筋肥大などには、胸ダーツではなく袖ぐりにいせやタックを入れる場合もあります。
胸が突出しているだけではなく、傾斜があるのか、フィットさせたいのかなど状況によって使い分けてください。
腹ダーツは胸と腹の差を出すために絞りますが、脇・背中で処理しきれない分量も振り分けてください。
胸を出す場合、そのまま真下に降ろすと太って見えます。
そのため、ウエストに絞りを入れて自然なカーブを描きます。
ただし全量をしぼり切れない場合は無理をせず、2本に分けるなどして対処してください。
また、胸囲と腹囲の差が激しくて処理しきれない場合もダーツを入れます。
ただしこの際は、絞り過ぎて胸が立体的にならないように注意してください。
前立て とは?
【前立て】とは、シャツの前中心を開閉させる仕様の際に上前身ごろに付ける帯状のパーツの事です。
シャツは基本的に前あきを前提としているため、前あきシャツとは言いません。
逆に、前が開かずに被って着るタイプの時だけプルオーバーシャツと注釈を付けます。
(プルオーバーシャツにも前立てはあります)
同様に、前あきシャツには前立てがあるのが前提としているため、以下のように名付けられます。
- 前立ての帯が見える仕立て → オモテ
- 前立ての帯が見えない仕立て → ウラ
- ボタンが見えない仕立て → 比翼
これらの言葉を組み合わせてデザイン名が付けられます。
代表的なデザインは、以下のように名付けられています。
- 帯あり・ボタン見える → オモテ前立て
- 帯なし・ボタン見える → ウラ前立て
- 帯あり・ボタン見えない → オモテ比翼前立て
- 帯なし・ボタン見えない → ウラ比翼前立て(または、比翼前立て)
着心地を重視したいのであれば、ウラ前立てを選択してください。
ウラ前立てを縫製する場合は、無駄な接ぎ目が入りません。
そのため、縫い目が硬くなったり厚くなったりすることにより着心地を悪くするという懸念がないです。
また、帯を作らないため芯地を入れないことが多く、無駄な重量が加算されることもないです。
自然な生地の風合いや柔らかさを求めるのであれば、ウラ前立てが適しています。
第1ボタンを開けた際に衿元が落ちることが気になるのであれば、いくつかある対策のひとつとしてオモテ前立てを試してみてください。
オモテ前立にすることで、帯芯を入れて前中心にハリとコシを出します。
そのため第1ボタンを開ける際に、襟元が落ちずに柔らかなカーブを描いて返りやすいです。
パリッとした仕立てにしたい場合は、オモテ前立にしてしっかりとアイロンで成形しましょう。
着心地ではなく、デザインを重視したいという人も多いと思います。
まずは生地の柄を最大限に生かす前立てです。
ボタンを合わせるのであれば【ウラ前立て】、ボタンを無視するなら【ウラ比翼前立て】などが適しています。
大きな柄生地の場合、柄合わせの箇所が多いとずれやすく目立ちます。
そのため、できるだけシンプルな仕様にまとめましょう。
次に、オーソドックスな生地にデザインをプラスする前立です。
汎用性を考えたうえでデザインを追加するときにポイントとして使いやすいのが【オモテ比翼前立て】です。
比翼のためシンプルに見えますが、帯があることによってただのシンプルでは終わらせません。
市販品に比翼前立ては少ないため、デザインポイントとして検討してください。
最後に、ド定番の組み合わせです。
ボタンダウンを選択する場合は【オモテ前立て】を選択して背面デザインはアイビーループ付きのボックスタックにしましょう。
これはアイビールックやアメトラの定番の組み合わせです。
年長者には「ボタンダウンにオモテ前立て以外はありえない」と言う人も少なくないです。
セオリーとして覚えておいても良いでしょう。